南部俊三郎の生涯

南部五竹（天保二年-慶応三年、1831-1867）は、名を裕（ゆたか）、通称俊三郎、字は君綽（くんしゃく）、号は五竹（ごちく）、白雲洞、清虚山人、白雲道人。周防の國岩国藩吉川家世臣、南部要介英徳の嫡男として、天保二年正月二十六日、岩国錦見に生まれました。弘化四年藩校養老館に入学し、玉乃九華、二宮錦水に儒学を学び、また九華の門人で詩に巧みな香川午谷の詩会に出席して作詩の技を磨き、当時、東澤瀉、大草馨堂と並んで学内の三博士と称せられました。

安政五年九州へ遊學し、肥後の木下犀潭に従學朱子學を極めて帰国し、また道家神仙の術をも自修、才藻豊かで詩文に卓越し、画技にも秀で、当時岩国の勤王の志気が乏しいことを憂い、参政山田府生（城太郎）に上青門先生なる意見書を呈して、尊王攘夷をもって大義を明らかにするよう諄々説きました。慶応二年四境の役（長幕戦争、長州征伐）のあとも岩国における勤王の不振を嘆き、福原範輔らと図って一隊を組織、建尚隊と名付けて士気の挽回と学問の振興を目指しました。精義隊の東澤瀉が保守的な岩国藩の國憲に触れて、柱島に流罪となるや、翌慶応三年、五竹は澤瀉を救出して義党を興し弊政を打破して宗藩奇兵隊に呼応しようと同志に諮りますが、機が漏れて縛に就き独り自若その某々の責めを担いました。然して、その余の某々は従って皆罪に抵るを越えて、戊辰の役に建尚隊で征討軍に従い北越に力戦し、大いに岩国藩の武勲を顕しました。

その五竹は幽囚中、慶応三年八月二十日、當時十二才の長子需（もとむ）を許されて膝下に呼び愛用の扇に遺書をしたた認め、懇ろに諭しました。

廣い扇面を埋める七首の詩の一節に

    生来三十七年秋         生来　三十七年の秋
    悲莫悲於今歳秋         悲しむは今歳の秋より悲しむなか莫れ
    雲物年々漸色改         雲物　年々　ようやく色を改む
    月光猶去年秋似         月光　猶お去年の秋に似たり
    生来三十七年秋         生来　三十七年の秋
    悲莫悲於今歳秋　       悲しむは今歳の秋より悲しむなかれ
    愁人一夜千行涙　      愁人　一夜　千行の涙
    滴尽満天名月秋         滴りつく尽して満天　名月の秋

いわば吾子への永久の告別であり訓諭であり遺志でありました。悲愁を嘆き涙つき果てて一系の至尊を称えて、國運の隆昌を祈り動じない男子の姿を自ら擬し、三日後に錦見の妙覚院で斬により散華ししました。時に慶応三年八月二十三日、享年三十七歳。

南部俊三郎絶筆（斬の三日前に書いたもの）

絶筆表側。左側に上述の漢詩が記されている。　絶筆裏側。絶筆の文字が見え、覚悟の程が分かる。

俊三郎の功績は死後顕らかにされ、明治二十五年旧藩主吉川経健侯始め有志の手に依って横山に顕彰の碑が建てられました。これが現在も錦帯橋の側にある三士誠忠之碑です。墓は錦見の琥珀の普済寺より市営墓地に移されております。

明治四十五年贈正五位、大正十四年靖国神社に合祀、著書に白雲洞遺稿、白雲洞遺稿拾遺があります。

年譜

天保二年一月二十六日	1831		父南部要介英徳と母阿穐（あき）の嫡男として生まれる。
天保七年二月二十八日	1836	五歳	父英徳を喪う。
天保八年二月三日	1837	六歳	母阿穐を喪う。
天保十年	1840	八歳	父の弟亡松井延蔵方に身を寄せる。
天保十二年九月十日	1842	十歳	姉阿琴を喪う。
天保十三年	1843	十一歳	亡桂栄八影光（叔母八千代の夫）に身を寄せる。
天保十四年	1844	十二歳	叔母八千代を喪う。影光の弟此面景晴に指導を受ける。
弘化四年	1847	十六歳	藩校養老館に入学。二宮錦水、玉乃九華に学ぶ。
嘉永二年	1849	十八歳	桂翁「此面影晴」墓誌銘を著す。
嘉永三年	1850	十九歳	鹿鳴社雅集序を著す。
嘉永四年	1851	二十歳	送枝公素遊京師序、観海楼記、野翁采風蘭図を著す。
嘉永五年	1852	二十一歳	送玉乃公素遊京師序を著す。
嘉永六年	1853	二十二歳	米国ペリ－提督が巨艦を泛べ浦賀に来航する。
嘉永六年	1853	二十二歳	送二宮子徳之浦賀序、都家寓居記、読離騒、阿琴墓誌銘を著す。
安政元年六月二十四日	1854	二十三歳	香川午谷没す。五竹の詩の師
安政元年	1854	二十三歳	題蘭亭帖を著す。
安政二年	1855	二十四歳	井上佐十郎の妹止毛（とも）と結婚する。この年梧桐を購入して手製の琴を作り詩に賦す。
安政三年	1856	二十五歳	長男需（もとむ）が生まれる。（山代広兼三郎治の養子となる）
安政五年	1858	二十七歳	長女於縫（おぬい）が生まれる。（山崎菊右衛門の室となる）
安政五年二月四日	1858	二十七歳	九州に遊学のため医者の宮宅杏所と岩国を發ち熊本に赴く。（宮宅杏所は後の戊申の役で建尚隊の軍医賭して北越に従軍した）
安政五年二月十五日	1858	二十七歳	熊本にに入る。
安政五年二月十八日	1858	二十七歳	阿蘇山に登る。遊蘇山記、宝刀引、観古詔書引などを著す。
安政五年四月	1858	二十七歳	雲仙岳に登る。雲仙岳紀行、登普賢岳五首、などを著す。
安政五年六月	1858	二十七歳	神瀬岩戸に遊ぶ。遊岩戸記、天磐戸、など著す。
安政五年九月	1858	二十七歳	米良に遊ぶ。米良紀行、高鍋道中などを著す。
安政六年	1859	二十八歳	韓信出股図を著す。
安政六年拾月二十八日日	1859	二十八歳	吉田松陰小塚原で没す。
安政七年年三月三日	1860	二十九歳	桜田門外の變が起こる。
文久元年	1861	三十歳	次男順平が生まれる。（兄需の後を嗣ぎ家督を嗣ぐも早世）
文久三年	1863	三十二歳	贈塩谷古侯序、送川子道長州序を著す。
元治元年	1863	三十二歳	上青門先生を著す。
元治元年二	1863	三十二歳	書長井雅楽詩歌を著す。
元治元年八月五日	1863	三十二歳	四カ国連合艦隊馬関を砲撃す。
元治元年十一月十八日	1863	三十二歳	一次長幕戦争宣戦布告す。（長藩一戦も交えず恭順の意を表し同年十二月二十七日終戦）
元治二年	1864	三十三歳	駿台雑話を著す。
元治二年七月二十一日	1864	三十三歳	三男保が生まれる。（東源右衛門の養子となるも後に兄順平の逝後南部家の家督を嗣ぐ）
慶応二年六月五日	1866	三十五歳	二次長幕戦争宣戦布告す。（四境の役）同年八月八日幕軍は松原、津戸の戦いを最後に戦闘を断念敗退する。
慶応三年	1867	三十六歳	尊攘社人名録序を著す。
慶応三年六月頃	1867	三十六歳	建尚隊決起の議を謀る。
慶応三年六月二日	1867	三十六歳	四男行蔵が生まれる。（山代山田吉右衛門の養子となる）
慶応三年八月二十日	1867	三十六歳	長子需を膝下に呼び愛用の扇子に遺書を認め訓す。
慶応三年八月二十三日	1867	三十六歳	錦見の妙覚院で斬により短い生涯を終える。
慶応三年十月	1867		徳川慶喜大政奉還す。
明治二十四年	1891		旧藩主吉川公帰郷になり五竹の名誉回復を為す。
明治二十五年	1892		旧藩有志により三士誠忠の碑が建立される。
明治二十六年九	1893		白雲洞遺稿上下巻を行蔵等遺子四人が上梓する。
明治四十五年	1912		正五位を追贈される。
大正十四年	1835		靖国神社に合祀される。